2008年10月30日

恋愛依存症〜社会人の恋〜

先日、鑑定をしていて恋愛依存症の方にあいました。

この不況下で20代中盤にして職を失った彼女は、仕事や金銭、自身の将来の心配よりも“デートできない”ことが不安で仕方なかったのです。
彼女には現在特に決まった相手がおらず『とにかくデートがしたい。』としきりに訴え、どうすれば固定の彼氏ができるのか?どうしたら愛されるのか?などと尋ね続けるのです。

大変失礼な話ですが、ぱっと見で現在の彼女の魅力は0に等しい状態でした。
すでにかなり金銭に困っているせいか、とにかくおごってくれそうな知人(男性)を渡り歩く毎日。自身を飾る余裕などはもちろんありません。普段着以下のみすぼらしい服装、髪や爪の手入れもせずノーメイクの状態でした。

このように、慢性的な恋愛依存症にかかっている人は、自分を客観的に見ることができません。
いつもそばに誰かがいないと不安で仕方ないため、近場の男を渡り歩くクセがあるようです。

話は変わりますが、私の嫌いな鑑定依頼のベスト1は『○○運(具体的でない質問)を診断すること』です。

それでも、例えば依頼者が中学生や高校生ならば、恋愛に憧れる時期。
ただの一度も恋人ができたことのない女子が「恋愛運を占って下さい。」というのは可愛らしくて良いでしょう。

しかし、それが社会人なら別。
まだはじまっていない恋愛を占うこと自体が意味のないことだと理解するべきだからです。
社会人には他にやるべきことがたくさんあって当然なのです。
恋愛する相手によっては身を滅ぼすことが多々あります。それによって職を失うことも。
また常識として、交際が長く続いた場合にはその先(結婚)を考える必要も出てくるのです。
逆にいえば、社会人にはそれが解っているからこそ、質の高い恋愛を選択する余地があるわけです。

キャバクラに勤めていた頃、度々休む曜日を変える娘がいました。彼女は彼氏の休日に自分の休みを合わせていたのです。彼女は完全な恋愛依存症でした。
男と別れた翌日には必ず、次の彼氏候補を見繕うのです。それも自分の指名客の中から・・・。
確かに職業的に出会いの多い現場ではありますが、これでは営業になりません。
結局彼女は色情沙汰で店を去りました。その後も次の店で同じことをやらかし、あちこち転々としているとか。
このように仕事と恋愛を公私混同しているうちは、人間的な成長はありえません。

昔から『涙を流した数だけきれいになる。』とか『恋愛の数だけ成長できる』とか言いますが、これには異論があります。
生涯ただ一度の恋愛経験を大事にしている美しい人は実際に存在します。人はこれを“純愛”といいます。
逆に「中学生の頃から男が切れたことがない。」などと豪語する汚らしいアバズレをよく見かけます。

確かに恋愛の数は多ければ多いほど、経験値は上がるでしょう。しかし“経験が邪魔をする”という事象も現実に多々ありますので、質の悪い経験ならしない方がマシな場合だってあります。
質の悪い恋愛により、質の悪い経験を積んだ人は、自身の質も価値もおとします。
その恋愛がなければ、その期間を価値ある自分の時間として使えたわけですから。

恋愛依存症の人は、相手に振り回されやすいようです。

学生の頃、社会人の彼と付き合っている友人がいました。
彼女は毎日放課後になると、彼の自宅に入り浸っていました。
しかし、ある日彼は特急で2時間もかかる場所へ転勤してしまったのです。
それでも何の気もつかわずに、彼女を自宅に呼び出す彼。
彼女は毎日、とまではいきませんが、かなり頻繁に特急に乗って彼の自宅を訪ねていました。
そんな生活が数か月続き、目に見えてやつれてきた彼女を見て彼は言ったそうです。
「学校なんか、行かなくていいじゃん。」
「そうだね。」
その日から彼女はほとんど学校に顔を出さなくなりました。
心配になった私は彼女に連絡しました。
すると彼女は
「彼がね『もう俺のことを愛してないのか。』って言うのよ。」などと言うのです。
彼は”愛”という言葉で単純に彼女を縛りつけていただけなのです。

それでも・・・例えば、彼が会社の重役ですごいお金持ちで、彼女を専業主婦として迎えて何の苦労もなく養ってくれる。というのなら、これも失敗ではないかも知れません。

しかし、結局のところ彼女はその彼と別れました。
彼女は大事な学生生活を2年も無駄にしたのです。

後に本人から聞いた話によると、私が卒業した直後に付き合い始めた次の彼も社会人だったそうですが、『学校にはちゃんと行かなくちゃ。』というのが彼の口癖で、二人で目覚めた朝も学校に遅刻しないように車で送ってくれたそうです。もちろん彼も、きちんと出勤します。
これが当然ですよね?

質の良い恋愛とは“お互いが成長できる関係”であること。年齢や立場の区別なく“相手の立場を尊重し合える”こと。
具体的には・・・一方が与えすぎたり奪いすぎたりしないことです。

このように自分の条件に見合った質の良い相手を見つけるには、自分にもそれと渡り合えるだけの質が必要でしょう。
ちなみに、質を高める努力はそれほど難しいものではありません。

まずは全身が映る鏡の前に立って、隅々まで自分を観察してみて下さい。
自分に自信が持てますか?完璧ですか?
あとちょっと・・・と思うところを補う努力をすれば良いのです。

何が完璧かわからない場合には、例えば映画や物語などから理想とするモデルを選出し、とりあえず見習ってみれば良いのです。形や見た目から入っても、性質(趣味や所作)から入っても、それは自身の自由。
なによりも、向上しようという前向きな気持ちが大切です。

現在、特定の相手がいない方は、次の恋のために何かを始めてみて下さい。
きっと次は、実りある素晴らしい恋愛ができるはずです。
ニックネーム 占術家シカタ at 04:00 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2008年10月25日

易でスッキリ

最近の私は、考えるのが面倒な物事(あえて考える必要のないそれほど重要でない事柄)を易占いで決めています。

具体的には“買い物”。
欲しいと思う品物を買うべきかどうか?

それでも 易占=結論を神にゆだねる占術 ですから、同じ質問はただ一遍のみ。
しかし、二者選択の場合は片方ずつ二度筮竹をさばくことになります。
YESかNOかで答えられる単純明快な質問のみに、易は有効なのです。

だから最近の私は、筮竹をさばきながら神とよく対話します。
本当に、神(筮竹?易?)は嘘をつかないのです。

先日、こんなことがありました。

『来月予定しているイベントがあるのだが、その中心人物と連絡が取れない。日程およびスタッフは決定済み。場所もあたりはつけてあるが、予約のタイミングで使用料を支払わなければならないため、内容が確定してから予約したい(が、あまり遅くなると空きがなくなるかも)。』

このイベントに必要な中心人物とは、先月偶然会った際にこの仕事を発注しました。その際相手が快諾してくれたので、日程や簡単な内容の詳細は決定次第メールするということで話がついていました。
約束通り、私はそれから3日以内に、日程と意見交換についての連絡メールを入れたのですが、相手からは一切の音沙汰なし。
未だ連絡も一方通行のままになっていました。

相手の仕事が忙しいのは理解できるのですが、実際にやってもらえるのかどうか。YESかNOかをはっきりしてほしいのです。
声を掛けた他のメンバーにも連絡を取らなくてはならないし、場所の問題もあるし、そろそろ本格的に話を進めなくては・・・気が焦っても連絡がつきません。

そんな状況が2週間ほど続き、私はもう少しで胃が痛くなるところでした。

そこで私は、易占いで神に結論を問うことにしたのです。

私の最初の質問はこうでした。
『今すぐ、相手に電話してとにかくYESかNOかを迫っても大丈夫でしょうか?(電話するタイミングが今なのかどうか?)』
結果は・・・
 現在、相手はかなりテンパッている状態なので、強気に結論を迫ると交渉決裂間違いなし。

「それは困る。」そうつぶやいた私は、次の質問を考えました。

『それでは、あと2日(最後に相手に連絡してからちょうど10日後)たってから電話してみようと思いますが、オッケーですか?』
結果は・・・
 その頃、相手は精神的にも肉体的にも疲れ切っているため、電話には出ない。留守電を入れても相手からの連絡がもらえる可能性は0に等しい。

「それじゃあ、意味ねーじゃん!」私は次のアイディアを考えました。

『(こちらは既に必要な連絡はしてあるので)相手を信じてむこうからの連絡をギリギリまで待つというのは?』
結果は・・・
 ギリギリの時期に自分が追い詰められて八方塞がりになる(=相手から連絡がこなくて、場所の予約やメンバーへの連絡などで板挟みという事態か?)。

「それじゃあどーしろってゆーんだよ!」結果に追い詰められた私は、最後の質問をしました。

『いっそのこと、今回は中止すればいいのかな?』
結果・・・
 その通り!条件を変えて実行すれば大成功間違いなし。

やっと結論が出ました。ここからわかることは、
“大成功間違いなし”と言われているので、企画自体はで、“条件を変更”しろということ。

条件変更について、思いつくのは以下の3つ。
@場所を変える
A日程を変える
Bメンバーを変える

今回の企画は、場所とメンバーを変更しては成り立ちません。
だから私はAを採用して中止を決意したのです。

その日のうちに関係者全員に中止連絡を入れたせいか、ここ数週間のストレスはなくなり、もう少しで痛みそうだった胃はまだ丈夫なまま。

このように、それほど深刻でない事柄で悩んだ時には、易による二者選択が有効です。
ニックネーム 占術家シカタ at 02:06 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2008年07月14日

限界を知った瞬間が本当のスタートラインです

久しぶりの更新で突然申し訳ありませんが、今回の話題は主に仕事に関する話。タイトルの一文が全てです。

実は最近、とある人物の相談を受けました。
その方と話していて判ったことですが、私は『自分の限界を知った瞬間から、本当のチャレンジが始まる』というのは、仕事人にとって常識的な解釈だと思っておりました。
しかし、私のこの発言に相手はとても感銘を受けた様子でした。

その後、数人の仕事人にこの話題をふってみたところ「かなり元気が出た。」とのコメントをいただきましたので、一応話題にあげることにしました。

というわけで、あらためまして。
『自分の限界を知った瞬間が、チャレンジに向かう本当のスタートラインです。限界を知らないチャレンジは身を滅ぼします。』

これを現実的にわかりやすく言いますと、
『10代、20代は自分の限界を知るために、どんどんチャレンジしろ!』ってことです。

10代、20代の若いうちならいくら失敗しても、本人が選り好みしない限り、次の仕事はいくらでも見つかります。絶対に食いっぱぐれることはないのです。

現在その年齢層に当たっている仕事人の方は、何か大きなことを思いついたならとにかく実行してみて下さい。
それで大失敗しても「それは自分には向いていなかった。」と諦めて次に行きましょう。
必要なのは多くの経験です。その経験により、そのジャンルに関しての自分の限界を知ることができるでしょう。

これを繰り返すことにより、自分の適職や能力を知ることができ、最終的な天職にありつくことができるはずです。

30代に入ると、チャレンジしようにも世間的に間口が狭まっていきます。業種別にかまえられた年齢制限については、自分ではどうすることもできません。
自分の限界を知らないチャレンジは無謀でしかなく、若い時期を過ぎてからの失敗は本人と、その家族にとって大打撃となります。

私が長年見てきたことですが、最終的に仕事で成功をつかんだ人の多くは、10代20代でいくつもの失敗を繰り返し、自分の限界を理解した30代の始めに自分の方向性を確定しているようです。

自分の適性や能力を知るためにも、若い頃の無謀なチャレンジはたくさんしておくべきだと私は考えます。
それでも私は、若い頃の苦労は勝手にしろ!って思いますけど(笑)。

(※チャレンジ≠苦労ではありません)
ニックネーム 占術家シカタ at 18:49 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2008年01月03日

流れに任せてガツガツと

年頭ですので戯言を少々・・・。

私事ですが、2008年付けにて肩書きを“占い師”から“占術家”に変更致しました。
理由は単純。この度アマチュアからプロに転向したからです。

ただやはり、私の肩書きは“ライター”です。
以前は『占いジャンルしか書けないライター』のイメージが定着するのを恐れ、なるべく“占い師”を名乗りたくなかったのです。

しかし、昨年度の活動及びプロ登録で完全に吹っ切れました。

『“占術”は全てのジャンルに入り込むことができる』という利点を見出したからです。
この考えの元に、昨年は様々なジャンルとの占いコラボを提案しました。
現実的にはなかなか難しいこともありますが、それでも真面目に聞いてくれる人もいます。

そんなわけで、今年はさらに多くのジャンルと占術を融合させて、もっと興味深い開運法を提案していきたいと考えております。

単に“出来る”ことのみに満足して、その場を動かなければ培った能力は宝の持ち腐れです。
希望を掲げて無理強いしない程度にガツガツと努力し続ければ、しかるべき時にしかるべき状況で、欲しいものは自然に手に入るはず。
これを“宿命”というのです。

・・・と、新年早々えらそうなことを言ってみました(笑)。
今年も宜しくお願い致します。
ニックネーム 占術家シカタ at 22:03 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年12月12日

一生あきらめ続けるつもりですか?

先日、警備員を生業としている相談者と話しました。

彼はそれなりの年齢なのですが、すでに“これ以上の昇進は見込めない”ことを気に病んでいるそうです。
その理由は、彼に“格闘技の経験がない”からだそうです。

詳しく話を聞いてみると、会社側は黒帯とか段を持っていることを求めているわけではなく、単に“格闘技の経験”を問うているようでした。
実際には、昔クラブ活動でやっていた。初心者程度の技を使える。体育の授業でやった。などで良いとのこと。

それならば、近場の道場に入ればいいだけのこと。
私は柔道か空手を勧めました。
というのも、柔道は警察署で教えてもらえるようですし、空手については『子供と一緒に始めた。』という話を最近よく聞くからでした。

しかし、彼の答えは
「え、今から〜?」の一言。

私はその回答に、面食らいました。
別にプロになれとは言っていません。

悩みを解決できる方法がはっきりしており、それほど難しいことではないのに、“今から始めるのは遅い”という思い込みはあまりに損です。

私は再度、彼に訊ねました。
「じゃあ、いつからだったらよかったの?」

彼はひとしきり考えた末、
「学生の頃?」と答えました。

考えてみて下さい。たしなむ程度でよい事柄を、学生の頃にやっていなければ手遅れとするなら、彼は25才くらいから何もせずに若さを浪費して生きていることになります。

事実、彼の動向を昔から知っている私は、そう思っていました。
・・・ただ若さを浪費するだけの、年々衰退していくつまらない人間。元々それほどでもなかった彼自身の魅力は、若さを失うに連れてさらに減退しています。

かねてから恋愛結婚したがっている彼には申し訳ありませんが、自分自身を少しも変えることのできない男に惚れる女性はいないでしょう。

だから私は最後に言いました。
「じゃあ、あなたは恋愛はもうあきらめなさい。そういうのは若い子たちがするもんでしょ。だからあなたは年齢的に手遅れ。結婚したいなら相談所にでも行けばいい。でも、あなたと結婚してくれる女性なんて、単に結婚して楽したいだけの余り者でしょうね。」

長年の相談者に対して、この言い方は少々キツかったかも知れません。
しかし、何でも年齢を言い訳にしてあきらめ続ける人間に、棚ボタはあり得ないと思うのです。

だって、私の母は・・・70才で初めて挑戦したボウリングにハマっているわけですから(笑)。

ところであなたは、何歳まで生きるつもりですか?
何度も書いていますが、しようと思ったことへはすぐに取り掛からないと、明日はさらに老けるのです。
そして明後日はもっと“手遅れ”に近付くのです。

金銭や時間、年齢制限、身体的問題・・・等がないなら、急がば直進!したいことはすぐにはじめましょう。
失敗してもいいじゃないですか。それは“年齢のせい”にしても、誰もあなたを責めることはありませんよ。
ニックネーム 占術家シカタ at 19:44 | TrackBack(0) | 占い師のグチ

2007年10月05日

立ち止まらなければ出会いは途切れない

たった1つの別れを悲観する人がいます。

その相手との歴史によって別れの重みも人それぞれ。
それでも、縁の切れ目に別れは付きものです。
相手との縁がなくなった時、別れは必ず訪れるのです。

ここで“縁”についてちょっと考えてみましょう。

人が他人との関係を深めようとする真意は、相互間の利害関係にほかなりません。
友達でも恋人でもその関係の所以は、何かしらの利害関係があるはずです。
その理由をシンプルに突き詰めて考えれば“一人でいたくないから”というのもあるでしょう。これだって立派な利害関係なのです。

このように、縁の根拠を利害関係と捉えれば、その理由の消滅により別れが訪れるのは当然。
はっきりとした別れだけでなく、自然消滅の別れだってあるでしょう。

例えば『学生時代の親友と久しぶりに会ってみたら、会話がかみ合わなかった。』とよく聞きます。

これは、二人の住む世界(価値観)が変わったことにほかなりません。常識的に考えても、卒業後に別の方向に進んだ二人が、いつまでも同じ価値観のはずはありません。成長とはそういうものです。

だからこんな時は悲しむ必要はありません。
学生の頃“一緒に居て心地よかった”という利害関係が消滅しただけなのですから。

それでも二人の親友である運命が真実であれば、しかるべき時(二人のベクトルが再度一致した時)にもう一度出会えるはずです。

そんな運命を無理に修復しようとするのは、更なる悲劇の元。
悲観せずに次の出会いを探しましょう。

最初に書きましたが、縁は相互の利害関係によって生じるものです。
新しい縁を引き込むには、自分なりに利害関係を生じさせる活動をする必要があるのです。

わかりやすくいうと・・・“いつも動き続ける”こと。
それはちょっとしたボランティア活動でも、趣味の会合でも、勉強でも何でもかまいません。とにかく広い世界(外)に目を向けて出て行くこと。

ところで
『大人になってからの出会いは、学生時代の親友には敵わない』
などとよく言われますが、“学生時代”というところは“学生の頃”と考えるのではなく“青春時代”と捉えます。

一般に“青春時代”とは“ガラスの10代”と勘違いされがちですが、これも具体的な年代をいうのではなく、“恐いもの知らずに突っ走ることができた若年時代”と捉えるとわかりやすいかも知れません。

重要なのは『立ち止まらないこと』。
いくつになっても挑戦し続ければ、実年齢に関わらず青春は終わらないのです。

青春時代には、これまでの自分を一掃するほど刺激的な相手に出会うことがあります。
これはかなりの年になってからでも同様。年なりに頑固になってしまわない限り、親友と呼べる相手に出会えることだってあります。

実際、立ち止まらずに何かに熱中する人はとても魅力的ですので、通常よりも多くの出会いがあるわけです。
そんな時に、切れた縁が戻ってくるミラクルがあるかも知れません。

なくした縁を悲観するよりも、新しい自分と共に次の出会いを探してみませんか?
ニックネーム 占術家シカタ at 22:17 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2007年09月19日

不倫の末路

以前紹介しました“不倫契約”を結んでいる友達に会いました。

久しぶりに会った彼女は、かなり若返っておりとてもキレイでした。
彼女の話によれば、最近仕事を始めて本格的に社会復帰したそうです。

現在の状況は、やはり“不倫”。といっても契約はあくまでも契約にすぎません。彼女には恋愛感情は一切ないそうです。
肝心の契約内容も、当初の条件がしっかりと果たされているようで、賛成した私としては心からほっとしました。

このように、不倫=恋愛 と捉えず、あくまで“契約”と割り切ることができれば、それなりに成長させることができます。

とは言っても世の中にはびこる“不倫関係”の9割以上は、恋愛の失敗系でしょう。

本日は、私がここ15年ほど経過観察していた“不倫関係”の末路を紹介します。
なお、登場人物は関係が始まった時点の年齢で表記されています。


<タイプ1>略奪愛の末路

男(推定40代):某大手企業に勤める3児の父。妻も現役キャリアウーマン。
女(推定20代中盤):男の後輩。ルックスは上の中程度。しとやかなイメージのある日本的美人

彼らの関係は彼女が入社した時から始まった。
もともと浮気性だった彼を知る妻は、当初は「またいつもの悪い癖が出た。」と、気にしなかったという。最初は彼も、ちょっとしたつまみ食いのつもりだったらしい。
しかし、まじめな彼女は本気だった。相手が妻帯者と知りながら、いつか妻の座を乗っ取ろうと画策していたのだった。
それから1年もしないうちに彼は妻と別居。同時に彼女と同棲をはじめた。ここまでくれば彼女の思うツボだった。
彼は賢い彼女の言うなりに、妻との離婚調停を開始した。
それからさらに3年後。二人は盛大な結婚式の後、晴れて夫婦となり、ほどなくして1女をもうけた。
しかし、それから1年もしないうちに、彼の悪い癖が始まった。
専業主婦になった彼女を残して、彼はあまり家に帰らなくなった。
元来から生真面目な彼女にはそれが許せなかった。
彼女は育児との狭間で悩み抜いた末、重いうつ病にかかった。
彼は度々情緒不安定に陥る彼女を重荷に感じた。おかげでますます家に帰らなくなった。
ある日、彼女はついに脳梗塞で倒れた。
身体が不自由な彼女を見て、彼は深く反省した。
それでも未だに彼の浮気は止まらない。


<タイプ2>散々待たされた挙句

男(30才):妻の浮気に悩むおとなしい夫
女(27才):結婚願望の強い家庭的なOL

二人の出会いは取引関係の飲み会だったという。出会ってすぐに意気投合した二人は、それからほどなくして恋愛関係になった。
すでに妻と離婚を決めていた彼は、当初は既婚者であることを黙っていたらしい。彼女はそれから数ヶ月の間、“だまされていた”という。
ある日、本当は既婚者であることを彼に告げられた彼女は悩んだ。それでも、彼の『離婚するから』という言葉を信じ、黙って待つことにした。
彼はすぐに離婚調停をはじめたが、妻の方が一枚上手だった。早々に弁護士を立て、無理難題をふっかけてきたのだ。
おかげで話し合いは長引いた。弁護士を仲介しても埒があかないことを悟った彼は、妻と直接交渉するようになった。
しかし、それが悪かった。
話し合いが平行線をたどっていた4年後のある日、妻の妊娠が発覚。妻としてはラッキーなことに、彼の子供に間違いなかったらしい。
後に確認したところ、彼曰く『飲みながら話していて・・・つい。』だそうだ。
彼女は激怒した。これ以上、離婚の条件が悪くなってはたまらない。自分の結婚が長引くのも耐えられなかった。
結論として、彼は妻との離婚を見送った。
今まで子供を持たなかった彼は、妻の産んだ子を見て父性愛がわいたのだという。


<タイプ3>不倫体質

男1(37才):強面で粗野な妻帯者。2人目の妻を持つバツイチ。ちなみに、1人目の妻との新婚期間に2人目の妻との不倫を開始した過去をもつ。
男2(35才):男1の同僚。自他共に認める穏やかなマイホームパパ。
女(24才):二人の後輩。賢く穏やかでかわいらしい女子社員。

彼女から相談を受けたのは、私がその職場を去ってしばらくした頃だった。
男1が自分と同じ年齢の女性と再婚したという話題からだった。彼と自宅が近かった彼女は、年が同じだったこともあってか新妻と意気投合。度々彼の自宅を訪れるようになった。
その後、どんな展開があったかは想像に難くないが、その数ヵ月後には彼女は彼と不倫関係に。
私は反対した。というよりも、男1に対して腹が立った。
二度も同じことしやがってー!!!
二人の関係が社内に知れ渡るのはかなり速かった。その数日後には皆当然のように二人に気をつかっていた。
それでもストッパーの役割を担う人間はいたらしい。ある時、男1は同僚にたしなめられた。
そのせいか、彼女はある日突然別れを切り出されたという。
『何だかわからないけど、振られちゃったんですよぉ。』と、彼女に言われた。
それから1年後。ある関係者から彼女の噂を聞いた。
彼女が男と同棲を始めたらしい。
しかし、その相手は男2。彼女は再び身内に手を出した(出された?)のだった。
私が知る範囲で、男2は二児の父。マイホームパパ。退社時に何度か、妻と子供たちが車で彼を迎えに来たのを見たことがあった。
あの幸せそうな家庭を彼女が壊したとしたら・・・!?
それから私は、彼女の経過観察を開始した。
2年後。二人は同棲をはじめた。正確には、一人暮らしをはじめた彼女の部屋に、浮気がバレて家に居辛くなった彼が転がり込んだ。
それでも彼女は幸せそうだった。
3年後。恋愛について語ると、たまに思いつめた表情をする彼女。決心したように『30才までに結婚できなければ、今付き合っている相手とは結婚しないと思います。』と言ったのが印象的だった。
5年後。急に老け込んだ彼女。やたらと皮肉っぽい発言が増えており、昔の可愛さはかけらもない。
7年後。久しぶりに先輩の結婚式で遭遇。さらに老け込んだ彼女の発言にはいちいち皮肉が込められており、既に祝う気持ちが感じられなかった。
これ以降、彼女と会ってはいない。
関係者の話によると、彼女と男2は結婚するでもなく未だに関係を続けているらしい。


以上、暗いネタをお送りしました。


今回は、女性側が一方的に傷ついた展開になっておりますが、これは女性側の“思い違い”。不倫する以上は立場をわきまえなくてはいけません。

タイプ1の生真面目な女性は『自分と浮気した彼は、他の誰かとも浮気するかも知れない』と解らなくてはならなかったのです。

タイプ2の女性は、彼の甘い言葉にだまされ続けました。しかし、自分の結婚願望を優先するなら、彼の離婚が成立するまで、二人の距離を置くなどの強制措置を取るべきだったのです。

タイプ3の女性は、私の後輩でもあり妹分でした。しかし、最後に会った時には可愛らしさのかけらもなく『いやなオバサンになったなぁ。』と心ならずも感じてしまいました。
現在もバリバリのキャリアウーマンの彼女なら、いい加減あきらめて“独身主義”とでも言い放った方が、潔くて素敵だったのではないでしょうか。


最後に、私は不倫を肯定も否定もしません。
鑑定してみて『この人は立場をわきまえて、(不倫経験を)自分の成長につなげることができる。』と、解った場合のみ、応援することもあるのです。
ニックネーム 占術家シカタ at 19:12 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2007年09月15日

仕事はつまらなくて上等!

最近、周囲でよく言われます。
『仕事にやりがいを感じない。』『仕事がつまらない』

しかし、それは大きな勘違い。
本来、仕事とは“つまらない”ものです。

それは“仕事”の存在意義を考えてみれば明確なこと。
そもそも仕事とは、会社側からすれば“必要に駆られて存在する作業”。雇われる側から考えれば“金銭の対価”となり、そこには愉しみややりがいなどの主観的な心情は存在しません。

社会には必要な作業であり、当人に必ずしも必要ではない作業…すなわち“仕事”です。
その場に従事する人間は、自分の“生活のため”に働いているに過ぎないわけです。

自分の生活保全のために“仕事”という作業が含まれている・・・と、考えれば、つまらなくて当然のこと。
やりがいなんて感じる必要ありません。

運勢において浮き沈みがあるように、人間にはメリハリが必要です。
『仕事はつまらないけど、アフター5や休日を楽しみ尽くす。』
これで十分でしょう。

まずは自分の生活を楽しむことをメインにして下さい。
すると、仕事(職種・業種)選びも変わります。
趣味を優先するための時間を取ることができ、そのために十分な金銭を得られる。これが最低条件となるはずです。

ずいぶん昔の話ですが、公務員をしている友人が数名いました。
彼らは役者を目指すために、公務員にな
ニックネーム 占術家シカタ at 03:21 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2007年08月25日

知性と肉体の不一致

以前、バイオリズムの不一致ネタを書きましたが、最近の私は“知性と肉体”のバランスが狂っています。

というのも、去年からキックボックスを始めてからというもの、これにハマっており、最近では“ながら筋トレ”が欠かせません(笑)。
当初は運動不足解消のために、“ボクササイズ”を始めたはずだったんだけど。

仕事中、原稿に行き詰まりをみせると、とりあえず腕立て30回。横になってテレビを見ながら2分間背筋。電車での移動中は腹筋を鍛えるチャンスだし、歯磨きしながら下半身を鍛えたり、広い場所ではコンビネーションパンチを実践。朝は枕をサンドバック代わりにして目を覚ますなど・・・これを無意識に行っているなんて、実際ありえません。

ちなみにバイオリズムで“知性派”判定の私としては、昔から『スポーツなんて時間と体力の無駄』と考えており、どんなにすごいアスリートも尊敬できず、観戦には一切興味なし。
そのため、ライター業では無差別に仕事を請け負うと言いつつも、きっちり“スポーツ以外”とつけ加えることは忘れません。

こんな私に“格闘系スポーツ”なんて論外です。
第一、戦争でもないのに戦う意義がわからないもん!(笑)

おかげで最近、まともなジム(所属の人)から声がかかりました。

知性が止めるから行かないけど・・・。
ニックネーム 占術家シカタ at 17:16 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年08月04日

前世占いの必要性

“前世占い”が最近また流行りだしたようです。
これにハマる大半の人はネタの域だとは思いますが、中には本気な人もいるようです。

しかし、私は声を大にして言いたい。
『そんな占いは“百害あって一利なし”絶対に関わるな!』

そもそも“前世”の考え方は、一定の宗教観からきているものです。
自分の前世を知ることによって、今生での役割を知る(考える)のが目的なのですが、その結論を“占いに拠る”のはいかがなものでしょうか?

占いの基本は統計学です。
個々の前世なんて統計で導き出せるものではありません。たとえ出せたとしても、それが真実だと言い切れる人は誰もいません。

“前世占い”とは、占いの名を語った詐欺にほかならないのです。鑑定結果に説得力を増すために、占いを用いるだけなのです。

しかし、今生での自分の役割を模索する人々には、これ(前世占い)は画期的な発明だったようです。
ハマる人々の一部は『おかげで前向きに生きられるようになった。』といいます。

ここで私が思うのは・・・
『なぜ、自分の役割が必要なのか?』

グローバルな視野で見回してみれば、一個人の役割なんてたかが知れています。ほとんどの場合は?
それにも関わらず、自分の役割がわからないと前向きに生きられないというのは、考えなしの言い訳にすぎません。

自分の役割を知りたいなら、自分で考えましょう。
考えるよりも、自分で決めましょう。

ほとんどの人は“何をしようか”考えるよりも、“何ができるか”を考えてしまうようです。
それでは、年々後悔が募るだけです。
今日の自分よりも、明日の自分は老けるのです。

挑戦する前に“難しい”と決め付けてしまう人がいます。
何事も百聞は一見にしかず。巷の噂では難しいと思われがちな事柄も、自分には簡単かも知れません。

実行する前から“自分には向かない”と思い込む人がいます。
自分に向いていないことでも、それに取り組むチャンスがあるならやってみて損はありません。
意外と新しい自分の可能性に気付くこともあるかも知れません。

これまでの歴史上に一個人が成し遂げたことで、自分にできないことなんてありません。身体的な障害や、事柄に対する具体的な年齢制限がなければ。

前世占いは、今生の自分を縛ります。
『前世で○○だったから、現状は○○には向かなくなった。』
などという鑑定が横行しているからです。

思い込みは自分の可能性を狭めます。

百害あって一利なし!・・・の理由が、ご理解いただけたでしょうか?
ニックネーム 占術家シカタ at 10:39 | TrackBack(0) | うんちくや考察など