2007年03月27日

サクラサク恋愛事情

桜咲く季節になったせいか、最近は恋愛の相談が増えています。

個人的には楽しい相談であってほしいのですが、今年は横恋慕や不倫の話がよく持ち込まれます。

愛情とは自分勝手でわがままなものです。自分の愛が真実だとしても、それが一方通行になってしまうと、気の流れが滞り悪循環を起こすこともあります。

悪い気の流れを作らないようにするには、簡単な意識改革が必要です。


問題のある片思いにハマってしまった時は、まず自分を逆の立場においてみましょう。

自分には恋人(または想い人)がいます。しかし、特別な存在とは思えない相手にアプローチされています。

この場合、想い人をあきらめて愛情をくれる相手と付き合ってみようと思えるなら、幸せになれるかも知れません。

しかし、人の気持ちは簡単には変わらないものです。
簡単に意中の相手をあきらめられるなら、はじめからそれほどの想いではなかったのかも知れません。

次に、別の方向から状況を見直してみます。

自分にアプローチをかけてくれている人は、想い人のいる自分を好きでいてくれるのです。

一般的に、人は恋をしている時ほど他人から魅力的に映り、モテるといいます。

事情は人それぞれですが、完全にフリーの状態の時は見向きもされないのに、恋人や意中の相手がいる時期に告白されるという人もいるでしょう。
これに思い当たる人は、立派な恋愛体質です。

このようなことから、横恋慕は相手に幻を見ている状態と考えることもできます。

自分以外の誰かに愛情を注いでいる相手を好きになった人の多くは、相手が自分に向いた途端に飽きてしまうといいます。

そんな局面やタイミングの悪さを乗り越えて、相思相愛でいられるというのも、奇跡的ではありませんか?
ニックネーム 占術家シカタ at 14:29 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2007年03月20日

自分にとっての首輪

学生の頃、男性モノの指輪を親指にはめていた友達がいました。
誰が見ても彼氏にもらった物ということは一目瞭然。お約束のように皆で冷やかしました。
しかし、彼女は複雑な表情で『こんなの指輪じゃなくて首輪だよ。』と言ったのです。

その時の彼女は、周囲が思っていた幸せとはほど遠く、相手から逃げるタイミングを見計らっていたといいます。
また、わざわざ男物の指輪をさせられるという行為に、相手の嫉妬心の強さを感じて恐かったとも。


これ自体は、さして取り上げる話題でもありませんが、『恋人にもらった指輪=首輪』というのは、なかなかうまい見解だとは思いませんか?

恋人からもらった指輪が全て、“首輪”になるとは思えませんが、嫉妬深すぎる恋人の指輪をさせられた側は、まさに首輪をはめられたペットの気分でしょう。

恋人同士の間に流れる気には個人差がありますが、嫉妬の念は否めません。
だから、相互の絆が深ければ深いほど“首輪”が存在するのではないでしょうか?


最近私は、恋人の安否を気遣うことが辛くてたまりません。

恋人は私に、指輪を残すことはしませんでした。
しかし、私には未だに以心伝心の気が残されているのです。

だから会えなくても、事あるごとに相手の思念を感じてしまいます。
過去に何回も書いている『気付いてしまった千里眼』というヤツです。

これを幻と捉えることができればいいのですが、事あるごとに恋人に関する千里眼の正しさが証明されてしまうのです。

その全てが、私の手の届く範疇ではないので助けることができません。
私の特殊能力であるノンコントロールの千里眼は、役立つどころか忘却の妨げであり、まさに私を縛る首輪です。

首輪が存在する以上は、私に重要な役割や縁があるのだろうと前向きに捉えているのですが・・・

いつになったら、この首輪を外してもらえるのでしょうか?
ニックネーム 占術家シカタ at 14:44 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年03月19日

お見合い大作戦

突然ですが、お見合いを仕切ることになりました。

先日仲間と話していたら、仲間の弟くんと知人の結婚の条件や好みが一致することが発覚したからです。

仲間の弟くんは、ほんの少し前まではかなりなプレイボーイ。私も一度だけ会ったことがありますが、本当は素直ないいヤツです。
しかし、プレイボーイだった時の軽薄さが前面に出すぎて、結婚を考えた相手には振られ続けているようです。

私の知人は、彼氏いない歴=年齢という今時珍しいお嬢様。見た目はそこそこなのに、モテオーラのない非恋愛体質であることに難がある様子。
自身も恋愛に向かない体質に気付いているため、以前から親のすすめた見合いを繰り返しているが、いまいち息詰まっている状態。

この2人を会わせることを決定した段階で、私が最初にやってみたのは四柱推命による相性診断です。

相性診断の結果、この2人は同じ傾向の性質を持つことがわかりました。以前も書きましたが、似たもの夫婦は弱点も似てしまうため、うまくいかないものです。
しかしこの2人の場合は、似ているポイントが“自我性質”の点ではなかったので、ぶつかることはほとんどなく穏やかに過ごせそう。
相性としては10段階評価の9をつけられる程度に良好でした。
一般の夫婦でも、統計的に相性が良いといえる夫婦はほとんどいない点から考えれば、申し分ありませんでした。

ここで一気に、お見合いを仕切るテンションが上がりました(笑)。

次に考えるのは、お見合いの場所と日時です。
これは当然のことながら、本人たちの住居からみた吉方を風水で探します。
・・・結局のところ、2人同時に完璧な吉方はなかったので、最低限の凶方位を避けて場所を決定しました。

時間帯は、ランチタイムということだけは決まっていたので、易の時計占いでいう“吉時間”(お見合いに最適な時間)に決めました。

これでお見合いまでの手筈は整いました。


しかし、本当は当初から気になっている点がひとつありました。

それは個々の“出会いのタイミング”。

2人の現在の住居の位置は凶が避けられていたので、風水でいう悪縁にはなりません。
しかし気学的に考えると、弟くんにとっては今年の出会いは悪縁。知人にとっては今年の出会いは良縁。この点だけはどうにもならないのです。


こんな場合にシュミレーションするべきなのは、2人を会わせなかった場合の個々の展開。

プレイボーイの弟くんは、別の出会いによって悪運を招くことになるでしょう。
知人はまた別の見合いで、うまくいくこともあるかも?

前出の仕事仲間と話した結果、弟くんの悪縁はどちらにしろ避けられないわけなので・・・ならば身元がしっかりしている女子の方が安心。
2人の相性は抜群なわけだから、とりあえず見合いを進めるべきということになったのでした。

見合いは今月中に行われます。
占い師の仕切る見合いが、結果につながるかどうか?
自分でも楽しみなのです。
ニックネーム 占術家シカタ at 10:27 | TrackBack(0) | その他占いや霊感ネタ

2007年03月11日

占い師にビビる瞬間

先日、占術の師匠と仕事の話をしていたら、突然言われてギョッとした台詞。

師匠『ところで、あなた結婚してるの?』
私「いいえ。」
師匠『でも、お付き合いしてる人はいるでしょ。』
私「はい。」

このやり取りのどこにビックリしたかといいますと、私を見て“特定の異性と付き合っている”と、判る人はまずいません。それどころか、(彼氏は)いないと決め付けられることの方が多いくらいです。

師匠が当然のようにそんな発言をしたのは、言葉の文だったのかも知れません。
それでも、師匠の会話を聞いていると『あなた結婚してるの?』の後は『そのうちいい人ができるわよ。』につながるのが通常です。

師匠もきっと、何かが視えて発言しているわけではないのでしょうが、口をついて出た言葉は当たっていることが多い方かも知れません。

ちょっとした会話の中で、口をついて出た言葉が真実を当ててしまう・・・これは普段から私が他人に対してよくしていることですが、実際に自分のプライベートを当てられるとビビりますね。

だから何ってわけではないのですが。
ニックネーム 占術家シカタ at 23:27 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年03月10日

神に結論をゆだねる占術

仕事で易者さんを取材しました。
占いは統計学だといつも書いていますが、易はやはり異色な占術のようでした。
また、最近は私も易にハマッていたので、専門家の話はかなり興味深かったです。

先生の話によれば、『“易”とは神に結論をゆだねる占術』だそうです。
だから、筮竹をさばく際はいつも「よい卦が出ますように。」と念じるのです。

また『同じ内容を2度占ってはいけない』とよくいわれるのも、神の意思によるそうです。

これは私も経験していますが、筮竹で一度占った内容をやり直すと、たいていはまったく逆の結果が出ます。

占い依存症の人を鑑定していると、本人に都合の悪い結論を伝えた直後「それでもこのまま続けた場合はどうなりますか?」という質問を受けることがよくあります。

こんな場合にタロットカードを用いていれば、再度やり直したとしても、ほぼ同じ結論が出ます。

しかし、易(筮竹)の場合は『同じ事柄は事情が変わらない限り占ってはいけない』そうです。
それは主人公が変わっても同様。

例えば、恋愛において『現在の状況』を鑑定した場合、『相手の状況』も『自分の将来』も同時に結論が出たことになります。
一つの卦で、取り巻く状況全ての結論が読み取れるのが易なのです。

結論として、自分の将来に不安が生じたとしても、相手との関係が変わらない限り、鑑定のやり直しはききません。


先生の話を聞いていて、易は融通がきかない占術だという印象を受けました。
しかし、これを死守すれば的中率が確実に増すそうです。
何しろ『神に結論をゆだねる』わけですから。

ちなみに、現在の私の易占による的中率は7割程度。
まだまだですね。
ニックネーム 占術家シカタ at 19:02 | TrackBack(0) | うんちくや考察など

2007年03月04日

他人の業を背負ってしまう人

やたらと他人の禍のとばっちりを喰う人がいます。
そんな人の特徴は『世話焼き』または『お節介』です。

これも四柱推命でみれば、性質的な問題なので「他人の世話を焼きすぎるな。」と注意をしても、あまり効果はありません。

しかし、すぎた世話は『大きなお世話』とも言い、相手が成長するチャンスを妨げてしまうこともあるのです。

例えば、仕事場。

物事をテキパキ片付けることができる自分は、つい同僚の分まで手伝ってしまいます。
自分としては、巻き添えをくって残業になるのもイヤだし、相手が業務時間内にできるようになるまでのつなぎ・・・というつもりだったかも知れません。
しかし、これが続いてしまうと相手のトレーニングにはなりませんし、そのうち甘えも出てくるかも知れません。
その状況を見ていた上司は、あなたを『デキる人』、相手を『デキない人』という目で見るようになります。そして、その差もどんどん開いていくはずです。

成長のチャンスを削られた相手は、再度同じ事柄に出遭った時、世話焼きな人をまた頼ってくるわけです。

このようにして、世話焼きな人は他人の業を背負うことになります。
場合によっては業は禍となって降りかかり、本来の自分の運気を下げる元にもなります。

だから、親切で他人の世話を焼きたがる人に限って、本人の成長は伸び悩んでいます。
他人の成長を妨げながら、自分も成長できなくなる悪循環を起こしていることに気付かないのです。


・・・他人の禍に巻き込まれやすい。
・・・他人のせいで運が落ちている気がする。
・・・自分の成長が伸び悩んでいる。

 などと感じる人は、他人の世話を焼きすぎていないかどうか、考えてみた方がいいかも知れません。

まずは自分を完璧にしてから、他人の世話を焼くようにしましょう。
ニックネーム 占術家シカタ at 01:16 | TrackBack(0) | うんちくや考察など