2008年01月03日

流れに任せてガツガツと

年頭ですので戯言を少々・・・。

私事ですが、2008年付けにて肩書きを“占い師”から“占術家”に変更致しました。
理由は単純。この度アマチュアからプロに転向したからです。

ただやはり、私の肩書きは“ライター”です。
以前は『占いジャンルしか書けないライター』のイメージが定着するのを恐れ、なるべく“占い師”を名乗りたくなかったのです。

しかし、昨年度の活動及びプロ登録で完全に吹っ切れました。

『“占術”は全てのジャンルに入り込むことができる』という利点を見出したからです。
この考えの元に、昨年は様々なジャンルとの占いコラボを提案しました。
現実的にはなかなか難しいこともありますが、それでも真面目に聞いてくれる人もいます。

そんなわけで、今年はさらに多くのジャンルと占術を融合させて、もっと興味深い開運法を提案していきたいと考えております。

単に“出来る”ことのみに満足して、その場を動かなければ培った能力は宝の持ち腐れです。
希望を掲げて無理強いしない程度にガツガツと努力し続ければ、しかるべき時にしかるべき状況で、欲しいものは自然に手に入るはず。
これを“宿命”というのです。

・・・と、新年早々えらそうなことを言ってみました(笑)。
今年も宜しくお願い致します。
ニックネーム 占術家シカタ at 22:03 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年08月25日

知性と肉体の不一致

以前、バイオリズムの不一致ネタを書きましたが、最近の私は“知性と肉体”のバランスが狂っています。

というのも、去年からキックボックスを始めてからというもの、これにハマっており、最近では“ながら筋トレ”が欠かせません(笑)。
当初は運動不足解消のために、“ボクササイズ”を始めたはずだったんだけど。

仕事中、原稿に行き詰まりをみせると、とりあえず腕立て30回。横になってテレビを見ながら2分間背筋。電車での移動中は腹筋を鍛えるチャンスだし、歯磨きしながら下半身を鍛えたり、広い場所ではコンビネーションパンチを実践。朝は枕をサンドバック代わりにして目を覚ますなど・・・これを無意識に行っているなんて、実際ありえません。

ちなみにバイオリズムで“知性派”判定の私としては、昔から『スポーツなんて時間と体力の無駄』と考えており、どんなにすごいアスリートも尊敬できず、観戦には一切興味なし。
そのため、ライター業では無差別に仕事を請け負うと言いつつも、きっちり“スポーツ以外”とつけ加えることは忘れません。

こんな私に“格闘系スポーツ”なんて論外です。
第一、戦争でもないのに戦う意義がわからないもん!(笑)

おかげで最近、まともなジム(所属の人)から声がかかりました。

知性が止めるから行かないけど・・・。
ニックネーム 占術家シカタ at 17:16 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年07月20日

他人のフリ見て我がフリ自慢

ここ最近、落ち込んでいることがあります。
それは・・・『占い関連の仕事ばっかりしてる!』ということ。

私の肩書きは“ライター”です。
しかし、営業先で名乗ると必ず「ジャンルは?何ができるんですか?」と問われます。

私はすかさず「占い。協会に登録のある占術家です。」と答えます。

実際、そう答えるしかないんです。
得意な分野は・・・占い、ホラー、超常現象、アダルト、サブカルチャーなど裏モノがメインですが、現レギュラー数本は全て占い関連。
しかも、中核の占い色は年々強くなっています。

この状態がこのまま続いたら、“占いライター”の肩書きを背負ってしまう!!
それだけは絶対にイヤ!!!
タダでさえ減っている他ジャンルの仕事が、完全に来なくなってしまいますし。

私がライターであることの醍醐味は、様々なジャンルや価値観に触れ、新しい情報や知識が蓄積できることにあります。
だから、占いライター=既存の知識&表現力&室内での個人作業 だけを続けることには抵抗があるのです。

そんなわけで、別ジャンルに食い込もうと日々営業を続けています。
夏はお中元のシーズン。絶好の営業チャンスです。
しかし・・・営業すればするほど、占いライターの依頼が増える(笑)。

先日、出先で“物書き”を名乗る女性に遭いました。
得意ジャンル(本人のウリ)を聞いてみました。
すると彼女は「何でも書きます。お金になれば何でもやります。」と答えました。
それでも何か特技があるだろうと思い、しばらく話しましたが何も掘り出すことができませんでした。

何となく、私の方が断然マシな状況だと感じました。

そういえば、以前師匠(占い師)が言っていました。
「溺れている時はもがいてはいけません。余計に溺れるし、助け舟も見えなくなるでしょ。黙って浮いて助けを待つ方が、体力が続くのよ。」

ヘタに営業せずに、しばらくのんびりしていた方がいいのかも知れません。夏眠をとろうかな(笑)。
ニックネーム 占術家シカタ at 00:05 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年05月19日

追い詰まる予感

私には“風水を感じ取る”という特技があります。

自分が行って「この場所、風水が狂ってる。」と思った場所の図面を取り寄せてみると、ほぼ思ったとおり。たいていの場合は凶建築です。

それと似た現象で“想いが通ずる予感”もよく当たるのです。

その感覚を何かに例えれば、映画の悪霊払いでよく出てくる場面。
・・・別の人が悪霊に見せて何の効果もなかった十字架を、主人公がぐっと握って、願を入れた瞬間に悪霊が恐がる。
という瞬間です。

最近は毎日の願掛けで、気の流れを追い詰めている感覚がわかってきました。

私の経験からいって、これを感じるのは良い兆しです。

きっと、私の願いのひとつが近いうちに叶うでしょう。
“私の願い”のほとんどは、某一個人の幸福なんですけれども。
ニックネーム 占術家シカタ at 22:04 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年04月06日

心の無い言葉

言葉の重さについて考えていたら、自身の昔のことを思い出しました。

会社を辞めてフリーになった頃、取引先の会社に憧れている男性がいました。
その時の仕事は打ち合わせが多かったせいか、うまく相手の連絡先を聞き出すことができ、ついでに飲みに行く約束まで取り付けたのです。

このような場合、別れたら(仕事で会うことがなくなった状態)すぐに連絡を取らなくてはなりません。
そのまま放置して期間を消費してしまうと、次に連絡を取りづらくなるからです。

私は翌日の昼、相手に電話をかけました。
口実は、仕事がうまくいったお礼です。

会話の中で『今度、映画でも観に行きませんか?』と誘われました。
これは以前相手と話した際に、かすったことのある話題だったので、用意してあった最新映画の情報を披露。その場で日時を決めました。

あまりにうまく話が進んだので、舞い上がった私は電話を切る直前に『楽しみにしてます♪』と口走りました。

相手も同じ言葉を繰り返しました。
私は、相手が同じことを思ってくれたことに感無量でした。

しかし、デートの日。
相手はかなり遅れてきたうえ、ボロボロの服装で現れたのです。
映画の最中もほぼ熟睡状態。その後、食事に行ってもあまり盛り上がりませんでした。
どう見ても、相手が今日のデートを『楽しみにしていた』とは思えませんでした。

私はとても残念な心持で、家路に着きました。


それから半年ほどして、また別の仕事で会った男性とデートの約束をしました。

この男性は、当初から私に気のある素振りを見せておりましたが、私は特に興味を持ちませんでした。
しかし、ネタ(外出の目的)が合ったので、デートすることになったのです。

前日、相手から電話がありました。
待ち合わせの詳細を決めるためです。

その際も相手は電話を切る直前に『楽しみにしてます♪』と、言いました。
私も思わず『はい。楽しみにしてます。』と、返しました。

この時、初めて『楽しみにしてます』という言い回しは、それほど楽しみでなくても言える台詞だったということに気付き、愕然としました。
だとすると、今まで聞いてきた心をうつ台詞も、もしかしたら嘘だったかも知れないのです。

今まで私は、心に無い言葉は口をついて出るものではないと信じていました。

やはり“言葉は風と同じ”なのでしょうか。

どちらにしろ、良くも悪くも他人の言葉を特別視しない方がいいのかも知れません。

何だか残念ですが・・・言葉って難しいですね。
ニックネーム 占術家シカタ at 02:31 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年03月20日

自分にとっての首輪

学生の頃、男性モノの指輪を親指にはめていた友達がいました。
誰が見ても彼氏にもらった物ということは一目瞭然。お約束のように皆で冷やかしました。
しかし、彼女は複雑な表情で『こんなの指輪じゃなくて首輪だよ。』と言ったのです。

その時の彼女は、周囲が思っていた幸せとはほど遠く、相手から逃げるタイミングを見計らっていたといいます。
また、わざわざ男物の指輪をさせられるという行為に、相手の嫉妬心の強さを感じて恐かったとも。


これ自体は、さして取り上げる話題でもありませんが、『恋人にもらった指輪=首輪』というのは、なかなかうまい見解だとは思いませんか?

恋人からもらった指輪が全て、“首輪”になるとは思えませんが、嫉妬深すぎる恋人の指輪をさせられた側は、まさに首輪をはめられたペットの気分でしょう。

恋人同士の間に流れる気には個人差がありますが、嫉妬の念は否めません。
だから、相互の絆が深ければ深いほど“首輪”が存在するのではないでしょうか?


最近私は、恋人の安否を気遣うことが辛くてたまりません。

恋人は私に、指輪を残すことはしませんでした。
しかし、私には未だに以心伝心の気が残されているのです。

だから会えなくても、事あるごとに相手の思念を感じてしまいます。
過去に何回も書いている『気付いてしまった千里眼』というヤツです。

これを幻と捉えることができればいいのですが、事あるごとに恋人に関する千里眼の正しさが証明されてしまうのです。

その全てが、私の手の届く範疇ではないので助けることができません。
私の特殊能力であるノンコントロールの千里眼は、役立つどころか忘却の妨げであり、まさに私を縛る首輪です。

首輪が存在する以上は、私に重要な役割や縁があるのだろうと前向きに捉えているのですが・・・

いつになったら、この首輪を外してもらえるのでしょうか?
ニックネーム 占術家シカタ at 14:44 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年03月11日

占い師にビビる瞬間

先日、占術の師匠と仕事の話をしていたら、突然言われてギョッとした台詞。

師匠『ところで、あなた結婚してるの?』
私「いいえ。」
師匠『でも、お付き合いしてる人はいるでしょ。』
私「はい。」

このやり取りのどこにビックリしたかといいますと、私を見て“特定の異性と付き合っている”と、判る人はまずいません。それどころか、(彼氏は)いないと決め付けられることの方が多いくらいです。

師匠が当然のようにそんな発言をしたのは、言葉の文だったのかも知れません。
それでも、師匠の会話を聞いていると『あなた結婚してるの?』の後は『そのうちいい人ができるわよ。』につながるのが通常です。

師匠もきっと、何かが視えて発言しているわけではないのでしょうが、口をついて出た言葉は当たっていることが多い方かも知れません。

ちょっとした会話の中で、口をついて出た言葉が真実を当ててしまう・・・これは普段から私が他人に対してよくしていることですが、実際に自分のプライベートを当てられるとビビりますね。

だから何ってわけではないのですが。
ニックネーム 占術家シカタ at 23:27 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年02月14日

私がいつも前向きでいられる理由

最近、ちょっと説教が過ぎました(笑)。

しかし、このブログで私は『占いに頼らずとも前向きに暮らせる』ということを言いたいわけです。

そこで今さらながら、私がいつも前向きでいられる理由をお話ししようと思います。


私の母は昭和ひと桁台生まれの70代です。
しかし、この母は面白い!そして若い!そしてパワフルなのです。

戦前生まれの母は、終戦後はヤミ市に通いながら物乞いをして過ごしたこともあるそうです。
彼女は生まれつき体が弱く、心臓にも持病をかかえていました。
さらには、あまりの栄養不足がたたって今で言う白血病(その頃は病名がなかった)にかかったこともあるそうです。
私が生まれる前に2度の離婚を経験し、現在ではバツ3ですが未だに大変モテます。
去年まで居酒屋を経営しており、一日12時間立ちっぱなしの労働を月28日間(休みは2日間のみ)こなしていました。

そんな母の口癖は『年とったら○○になるかも知れないから・・・』です。
彼女は今でも十分トシなのに、さらに年をとってからの事を考えているのです。これは気が若い証明でしょう。

居酒屋をやめて、家にいるようになった母は、毎朝早起きをします。
そして、きれいな服に着替えてきれいにお化粧をしたら・・・テレビの前で長いすに横になっています。
『店を辞めたら急に老け込んだ。』とは言われたくないそうです。

私が生命保険に入ったと知ったら『死んだらいくらもらえるの?』と、嬉しそうに聞くパフォーマンスをします。
そんな時、私は『アンタ私より長生きする気かよ!(笑)』と返します。

先日、胃が痛いという母をマッサージしようとしたら、着ていたセーターの静電気で指先に痛みを感じました。
『今チクッとしたよー。』と、言った私に母は『ざまーみろ!お前なんかチクで死ね!チク死しろ!築5年で死ね!(笑)』と、意味不明のギャグ?を言いました。

母は頭の回転も良いのです。

ボケ防止と銘打って、テレビの字幕を見ながら漢字を勉強します。
最近はサスペンスばかりを見ているせいか、『警察』『監察医』『溺死』など、いらない字ばかり覚えて自慢します。

ダイエット番組でウエスト運動を知った母は、毎日150回もウエストをひねっていました。
それから数週間後。ウエストに見事なくびれを作った母は、痩せたことを私に自慢します。

顔面体操をすると、顔のシワが減ることをどこかから聞きつけた母は、テレビを見ながらよく変な顔(顔面体操)をしています。
その努力のせいか、最近では本当にシワが減り、肌ツヤも良くなったことを自慢します。

私が通販化粧品を注文しようとすると、必ず便乗します。

気持ちが若いということは、どうやら老いを止めることができるようです。

そんな母を見ていると、70歳までは若いなぁ。と思ってしまうのです。

何をするにも、始めるのに遅すぎることはありませんよね?
ニックネーム 占術家シカタ at 10:12 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年02月04日

運命の友達

運命的な出会いとは、恋人や伴侶だけにいえることではなく、友達に対しても同様です。

自分が運命を感じる相手には、滅多に出逢えるものではありません。
それでも私には、運命の友達だと認めている人が2人います。

そのうちの1人は、この戯言でも数回に渡って出演している問題児(笑)。
これは彼女からの告白を発端としています。
『こんなところで出合うなんて、私たち本当に運命の友達ね。』
・・・彼女にとっては取り立てて言うほどの発言でもなかったかも知れませんが、私はその時本当に感激しました。
今になって鑑定してみると、わがままな彼女と私の相性は、それなりに抜群だったようです。

もう1人は、以前戯言で書いた“当てる占い師”に予言された人です。
その時占い師は『今年の5月に、生涯付き合える友達ができる。その人はふたご座かやぎ座です。』と言いました。
そして、その通りになりました。
やぎ座の彼女とは10年近くの付き合いとなり、今では一緒に仕事をする仲です。

この2人は、何か問題があった時には真っ先に私に相談してくれます。
そんな時私は、個人的な意見(一般常識)と、占い師的な見解(運勢診断)をもって相談に乗るようにしています。
こんな時は、占い師も悪くないなと思います。


師匠に言わせると、占い師のやりがいは『他人から聞いた話によって、自分の見聞を広めること』だそうです。
しかし“見聞を広める”ことの意義は、その見聞を自分に活かすことだと思います。

その点を踏まえて考えると“他人の人生を世話する”ことを生業とする占い師の職業において、自分に見聞を活かす作業は皆無です。
広めた見聞は、その後のアドバイスに活かされるにすぎないからです。

また、このような状況(鑑定)で広められた見聞は、自分にとって必ずしもプラスにはなりません。
中には知らなくてよい情報も多々あります。
それを知ってしまったために失望したり、夢や理想を失ったり、自分の行動を狭めてしまうことだってあるのです。

だから、まだまだ自分をメインにおきたい私は、明らかに職業占い師には向かないでしょう。

それでも私は、そのうち自分に飽きがきて、本当にやることがなくなったら職業占い師になろうと考えています。

占い師が『世捨て人』と呼ばれることがあるのは、こんなところからきているのかも知れませんね。


今日からニ黒土星の年がはじまりました。
今年は、私の占術免許皆伝が叶う年です。
それでもやっぱり、今はまだ職業占い師にはなれないな・・・という年頭所感でした。
ニックネーム 占術家シカタ at 18:57 | TrackBack(0) | 個人的な話

2007年01月01日

年頭戯言

戯言は、誰にも理解されない故に、戯言の域を脱しないのです。

新年最初の言葉としては、気障になりすぎました。

あけましておめでとうございます。
今年もこの調子で書き綴りたいと思います。
ニックネーム 占術家シカタ at 00:41 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年12月16日

『当たる』と思えば必ず当たる!?

私には昔から、懸賞やクジを必ず当てるジンクスがあります。
不思議と『今なら当たる』というタイミングを察知した瞬間に、当てることができるのです。

本日も、福引を引きました。
本当は明日行く予定だったのですが、『今引けば当たる。』という兆しを察知してしまったので、一旦家に帰った後に出直しました。

福引券は5枚。これで引けるのは1回きりです。
しかし、中間どころの賞を当てる自信(兆し)があったので、心を無にして引きました。

そして表れたのは、あまり見かけない黒い玉。
係のおじさんが即座にベルを鳴らしました。この瞬間、いつも通りの『やっぱりね』を感じました。

結果、店舗賞(特賞の一種)というものが当たりました。
特に欲しくはないけど、空クジよりは嬉しいパン店さん出品の白いお皿。
家に持って帰ると、母が欲しかったものだったそうで、大変喜ばれました。

今回、久しぶりに当たる兆しを感じました。
とりあえず、このジンクスが健在だったことがわかって多少安心しました。

しかし・・・卵が先かにわとりが先か・・・?

当てるという気合いの念で当てているのか?
それとも、当たる未来を予知しているのか?

謎は深まるばかりです。
ニックネーム 占術家シカタ at 01:12 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年12月15日

電池を喰う夢

最近、師走の喧騒に追われています。
年末年始は毎年忙しいのですが、今年はいつもよりタイトなスケジュールなので、多少疲れ気味です。

このように精神的に課題をかかえていると、変な夢を見がちになりますが、最近はこんな夢を見ました。題して『電池を喰う夢』。

暗い部屋の床に直接座り込んだ私は、スーパーのビニールに入っている単一の乾電池をひたすら口に運んでいます。
ねっとりとした中にある砂のような食感。乾電池は、はっきりと鉄の味(血?)がしました。
そのまま30個くらい食べたでしょうか。
気がつくと、手の甲が魚鱗のようになっていました。こすってみると、かさぶたのように剥がれ落ち、その下にきれいな皮膚が表れました。
洗面所で鏡を見ると、鏡の中の自分は全身がかさかさになっていました。
鏡を見ながら、電池を食べ続けました。
食べれば食べるほど、顔の鱗は増えていきました。

この夢の中では、不思議と気持ち悪さも恐怖も感じませんでした。
ただひたすらに、電池を口に運ぶことだけを考えていました。

何かを食べる夢は、体調不良の前兆だとよくいわれますが、最近はこのような『喰う夢』を頻繁に見ます。
それでも、体調はすこぶる良好です。
ただ、この行為は人間の根本にある欲求なので、まだまだ欲求が満たされていないことを暗示しているのかも知れません。

話は変わりますが、先日、東洋医学の勉強会に参加しました。
東洋医学は易学と同時に勉強していますが、仙道によると肉体に気を流すには『生食』に限るそうです。

生食=生水、野草、無農薬野菜など、人の手による混ざり気のないもの=動物の気の及ばないもの 

これらのみを、火を通さずに新鮮なまま食べ続ければ健康で長生きできるとのこと。

東洋医学に傾倒している人たちに菜食主義が多いのは、仙道の教えからだということを納得しました。

しかし、実は私は生モノが大の苦手です。
生野菜は新鮮であればあるほど、気が身体に入ることに拒否反応を起こすようなのです。

何に反発しているのかわかりませんが、とにかく野菜も水も肉も、火が通っていないものはあまり食べたくありませんし、おいしく感じません。

だからといって、電池を食べる必要はないと思いますが(笑)。
電池は人工の気ですから、俗物の私には必要なエネルギー源だったのでしょうか。

そういえば、私は太陽電池で動いていると仲間からよく言われます。
もしかしたら、それもあながち間違っていないかも知れません。
ニックネーム 占術家シカタ at 00:49 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年12月10日

占い師の懺悔

昔、私がまだ若かった頃の話です。
その頃は、私もいつか必ず結婚しなければいけないと思っていました。

ある夜、自身の結婚観について考えました。
結論として、私が唯一マブダチだと思っている仲間の一人と結婚するとしっくりいくような気がしました。

今でも反省することが多いのですが、夜中に考え事をするとロクなことになりません。
その時、私は突発的に彼にメールを送ったのです。
『あと10年経っても二人ともフリーだったら結婚しない?』と。
彼からの返信はありませんでした。

その代わり、その後の彼の態度が変わりました。
少なくとも今まで通り仲間的ではなく、多少甘える態度をとってみたり、急に弱音を吐くこともありました。
しかし、彼は私にとっては『結婚に適したタイプ』であって、『恋愛したいタイプ』ではなかったのです。
彼の変化によって、私の想いも少しずつ変わってゆきました。

それでもこの時点では、彼の方から交際の申し出があれば、多少は考えたかも知れません。もとはといえば、こちらから言い出したことですから。

その後ほどなくして、私は別の男性と付き合うようになりました。

ある時、そのことを彼に報告しました。
そして、彼とは連絡が取れなくなりました。
たぶん、彼を傷つけたのでしょう。
悪いのはやはり私です。

大事な仲間を一人失ったことは、私にとってはかなり痛手でした。

占い師も、このような単純ミスを犯すことがあります。

素敵な結婚式に参加したら、ちょっと懺悔したくなったもので、何となく。
ニックネーム 占術家シカタ at 02:51 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年12月07日

地下鉄

小さな頃から地下鉄のホームで電車を待っていると、視てしまうイメージがあります。

電車が入ってくる瞬間の轟音。あの音が苦手です。
と同時に、自分の身体が轢かれてバラバラになる感覚。
ひどい時は痛みすら感じます。

あれは轢死した人の残留思念なのでしょうか。

それをまた視てしまうのが恐いから、電車が入ってくる瞬間には目をきつく閉じるようにします。
実際に起きてしまうのも恐いから、なるべくホームの中側に立つようにしています。
轟音が止んで目を開いた時、いつも通り乗客が乗り降りしているのを見てほっとします。

電車との間にドアがついているホームに着くと、心からほっとします。

しかし、もしそれが本当に起きてしまったら、私の死因は自殺とされるのでしょうか?

同じ場所で自殺の連鎖が起きる原因は、こんな単純な話なのかも知れません。
ニックネーム 占術家シカタ at 10:17 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年11月29日

誕生日が一緒だから。

四柱推命で考えれば、生年月日と出身が同じなら、性質も運勢も同じということになります。
それでも違うのは、男女差による性質。

・・・というわけで、最近ではある文化人の動向が気になります。
彼は、生年月日も出身(実家が近所)も私と一緒なのです。

以前、彼のインタビュー記事を読みました。
考え方も話し方の傾向も、私にそっくりでした(笑)。

彼の動向をチェックしていれば、現在の自分の運勢も如実にわかるのです。
この点、芸能人や文化人はわかりやすくて良いです。

しかし、最近は問題ばかり起こしています。
発言にも粗が出てきました。
私も心配になってきます。
そろそろいい加減にしようかな・・・?

とりあえず『男女差による違い』に期待しましょう。
ニックネーム 占術家シカタ at 12:46 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年11月26日

善悪のトラップ

自分の誕生日は、仕事でたくさんの人に会えなければ、逆に誰にも会いたくない。

そんな心持ちの私は、ここ数年は新宿参りをしていました。

今年はあらかた行くところがなくなったので、何となく『デス・ノート後編』を観に行きました。
誕生日にそんな映画をチョイスしたところが、ちょっとシュールでしょ?

この映画、見ていて胃がキリキリしました。

冒頭からやたらと人が死ぬのですが『よくこれだけ殺して霊障がなかった?なぁ。』というのが最初の感想です。

前編からの流れとして、主人公は最初のうちは天罰を下すべき人を殺していましたが、途中からはそれを阻止しようとする罪のない人までも殺していくのです。
正義の名の下に人殺しをするという純粋殺人者です。

私も自分の邪魔をされるのは嫌いなので、そういった考えには大賛成ですが、本当の『正義』について考えさせられました。

正義を考えるには、善と悪のボーダーを知ることも必要です。

『善意』『悪意』という考え方は、言い換えてみれば『性善説』『性悪説』に直結します。
しかし、何が善で何が悪なのか?
現代ではボーダレス化していて、それぞれの境い目が曖昧です。

この点をわかりやすく解釈しているのは、法律用語としての善悪・悪意。
法律用語において善意とは『知らなかった』こと。
悪意とは『知っていた』こと。

既遂罪の場合、罪と知っていて犯したかどうか?
または、その結果を予測していたかどうか?
これによって、善意悪意が判断されます。

実際の事件で、罪を犯したことが確定している場合、弁護士はそこに悪意(犯意や殺意)があったかどうかで戦います。
善意(犯意の否定)が主張できれば、罪が軽減されるわけです。

当然ながら、裁判では頭がいい側が勝つことになります。
実際に犯意があったとしても、それを『なかった』と言い切ってしまうことができればいいわけですから。

デスノートの主人公は、この不条理を解決したかったのではないでしょうか。
法律では裁けない犯罪者を死をもって裁く、犯罪のない世界を創る・・・この考えは勧善懲悪な気もしますが、結果としては自分が犯罪者となってしまい天罰を受けることになります。


話は戻りますが、善意・悪意を法律用語としてとらえるなら、自分の利益を最優先に考えてから行動する私は、悪意の塊です。

何事にも結果を予測できたり、先回りして考えることができるのは、知識や経験のなせる業です。
自分を頭が良い人間だとは思いませんが、勉強すればするほど、頭脳が明晰であればあるほど、悪意が溜まっていくことになるのかも知れません。

だからといって、無知からくる善意は罪だと思いますが・・・。

今年の誕生日は、善悪のトラップにハマってしまったようです
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2006年11月19日

結論(個人的すぎる話)

究極の選択』に結論が出ました。

いつもより多めに考えた結果『現状維持』です。

ある一定の時期にある場所には行きません。

とりあえずは、現状に変更が生じてから考えることにします。

私の主義は『義理も復讐も三倍返し』です。
まだ全然、恩返しが足りていないのです。

もし二度と会えないようなことがあれば、独りで化石にでもなる所存です。孤独好きな私としては、それが幸せかも知れません。

個人的すぎる話題で申し訳ありませんでした。
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2006年10月14日

なつかしい人

今年の夏、なつかしい人に逢いました。

その人は、母が経営していた居酒屋の常連客でした。
とても姿勢の良い品のある風情から、普通の人ではないオーラを感じましたが、噂によれば若い頃は後宮警察に勤めていたとか。

しかし、ある時期からぱったりと姿を見なくなりました。
その後、大病を患って郷に帰ったという話を人伝に聞きました。

そして、あれから10年以上も過ぎたある夏の日、近所で娘さんらしい人と歩く姿を見かけたのでした。

とても背が高いあの人は、相変わらず姿勢が良く前をしっかり見ていました。
『気付いたとしても憶えていないかも知れない。』と思った私は、目が合うことを期待して二人をじっと見つめていました。
すると、一緒にいたお姉さん(娘さん?)にすれ違い様に会釈されました。
その目は『いつもお世話になっています。』と、確かに言っていました。

その瞬間、たぶん二人とも・・・故人であったことに気付きました。

おじいさんは、私が最後に会った時よりも健康そうで、少し若かったのです。
直後に振り返ってみればたぶん、いなくなっていただろうと思います。
その時は振り返る気にはならず、なぜか涙が滲みました。

つい最近、そのことを思い出して母に話しました。

母の話によると、一緒にいたお姉さんは娘さんではなく奥さんではないかとのこと。
30ちょっとで亡くなった奥さんの話を、おじいさんから聞いたことがあるそうです。

私が見た奥様は、開襟の白っぽいワンピースを着た上品でおとなしそうな美しい人でした。

おじいさんは私に気付くことはありませんでしたが…夏なのに長袖のシャツを着ていました。
いつもきちんとした服装をしていたイメージがあるので、その時は気にならなかったのです。今年はクールビズだったはずなのに。

元気だった頃は、近所の数件の店の常連をしていたそうです。
きっと、この街が好きだったのだと思います。
もしかしたら奥さんに縁の地を案内していたのかも。


たまにこんな風に、会いたかった故人に会えることがあります。
そんな時は、霊感があるのも捨てたもんじゃないなと思います。
ニックネーム 占術家シカタ at 00:00 | TrackBack(0) | 個人的な話

2006年10月11日

占いをはじめた理由

今さらですが、占いをはじめた理由を書きたくなりました。

子供の頃、並み外れて体が小さかった私はいじめにあっていました。時期にしたら幼稚園から小学校卒業するまでです。
おとなしかった私は、クラスの全員からチヤホヤされる人気者になれば、いじめから逃れられるのではないかと考えました。

今思えば、物心ついた頃には占い風なものに興味を抱いていた気がします。
その頃は、他人の手を握っただけで相手の考えが解ったので(読心術?)があったので、占いというツールを知った時『手相』と銘打って占いらしきことをはじめました。

霊が見えたり、やたらと勘が良かったことはすでに周知の事実でしたので、その的中率に私の占い?はクラスで流行りました。

占いブームが過ぎれば忘れられる程度の人気でしたが、それからはクラス替えや自己紹介の度に、特技が占いであることをアピールしました。
これによって、初対面の相手とも会話がしやすくなりました。

普段あまり話さない人でも、何かしら困ったことがあると私のところに相談にきます。
稀にそれが本人の弱味になることもあります。
占い師には守秘義務があることは、今では誰もが知るところですが、弱味を握られた方としては気が気でなかったと思います。

中学校に入学した頃、タロットカードの存在を知りました。
画の美しさと神秘性に惹かれ、早々にマスターしました。

この時の集中力が霊感の抑制につながったらしく、読心術も透視力も薄れましたが、逆にカードさえあればどんなことも予知できるようになりました。

初対面の人に占いができることを話せば「手相見て。恋愛運見て。」なんて頼まれます。
これで友達が作りやすくなります。また、早々に相手の弱味をおさえることもできます。
それから、私に対するいじめは一切なくなりました。

中学生以降は、人気者というよりも怪しいキャラクターとして認知されてしまいましたが、占いはコミュニケーションツールとして抜群に効果を発揮しました。


そもそも私にとっての『占い』とは、自分をアピールするためのネタだったわけです。

しかし、年齢を経るごとに相談内容は重くなってきます。
その分責任も重くなります。

ネタとして占い師を名乗っていたとしても、相談者はいつも本気です。その責任をとるために、私は本格的な勉強をすることにしたのでした。

私にとっての発端はネタでしたが、生まれつき他人の心が読めたり、花田少年史並みに霊が視えていたのは、それなりに適任だったからではないかと思います。

なるべくしてなったのなら、流れに逆らうべきではありません。
そう考えるようになってから、ゲーム脳を授かりました。
現在は、的中率を上げることに専念する所存です。

何事もその動機に関わらず、完璧に機能してさえいればいいんです!
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2006年10月08日

愛情は人それぞれ〜圧力鍋か普通の鍋か〜

昔から『料理は愛情!』と言われていますが、私はその通りだと思っています。

幼少の頃から料理を躾けてくれた母は、私がおいしい和食を作る度に「そういうの(味)は男の人が好きよ。」と言いました。

そう言われると「男のために料理してるんじゃない!」と、反発したくなりますが、おいしい手料理に弱い男性が多いのは事実です。
特に和食の絶妙な味付けは、作った人の真心や愛情を感じさせるパワーがあるらしく、おいしく出来上がればイチコロです。
これを俗に『胃袋でオとせる』というのでしょうか。

手料理とは不思議なもので、同じメニューをレシピ通りに作っても、その時々の気分によって味が変わります。

私はこれが『愛情(心)という隠し味』なのだと確信しています。

そんな私の最近の敵は『圧力釜』。

煮物を作る際、普通の鍋なら30分煮詰めるところを圧力釜だと5分足らずでできるそうです。これは、忙しい主婦にとっては画期的なことです。

しかし、一食の献立のおかずは煮物だけではありません。普通の鍋で30分煮詰めている間に、別のメニューをもう1品作ることができるわけです。

私なら、30分間の愛情を煮詰めたい!
それとも、圧力釜だと愛情も圧縮されるのでしょうか。


『現代人は便利なものを開発しすぎたために以前より忙しくなってしまった』という説があります。

ひとつの作業時間を短縮すると、空いた時間はヒマになるのではなく、さらにもうひとつの作業を開始してしまうそうです。
ヒマな時間が出来ると、今までの倍働いてしまうそうです。
こうして忙しさが増し、心のゆとりがどんどん減っていくわけです。


だとしたら、私は調理時間の短縮には反対です。
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2006年10月02日

つまらないことで感情的になった瞬間

電車に乗っていたら、身長180センチくらいで体格の良いジャッキーチェン(に激似の人)がいました。
実際、モトよりも断然かっこよかったです。

見とれそうになっていたら、その隣に原宿によくいそうな感じの、金髪を夜会巻きにした全身ピンクのメガネッ娘バービー(日本人女性)がちょこんと。

ジャッキーらしいTシャツにジーンズスタイルの彼とはつり合っていなかったことは、言うまでもありません。

けど『もしあの二人がカップルだったら私、発狂するよ!』
・・・と、言いたいくらい!珍しくすごく悔しかったのです。

あのジャッキーがもし一人でいたら、衝動的にナンパするところでした。
ナンパできなかったらとりあえず絶対に!後つけるところでした。

以上、つまらないことでクールを逸脱した瞬間をお伝えしました。

普段はクール全開なのに、こんなことで全壊したのが悔しかったのです。
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2006年10月01日

目標のことば(自分の冠)

私には昔から、目標とする言葉(称号?)がありました。

私が努力を続けられるのは、その言葉を他人に言ってもらえるようになりたいからだといっても過言ではありません。

具体的な言葉を教えることはできませんが『きれい』とか『知的』とか、そんなニュアンス形容のひとつです。
一般的なようでいて普段はあまり使われない言葉です。


その言葉を最初に言ってくれたのは、とても尊敬していた先輩からでした。
飲みながら『お前って○○だよな。』と言ってもらえた時は、認めてもらえた感覚を味わえたので、とてもうれしかったです。

次に言ってくれたのは、この戯言の発端になった大事な人。
こちらは言うまでもなく、泣くほど嬉しかったです。

事情があって、相手とはまた連絡が取れなくなっているのですが、あの一言のおかげで、毎日元気に暮らせます。


ちなみに以前、年内想定内のプロポーズをされた際『とてもアクティブで元気で可愛らしい方だと思いました。』って、すごい褒め言葉をもらったのですが、ひとつも嬉しくなかったです。
言われた相手にもよりますが、この言葉は私にとっては心にしみないようでした。

言葉は『言霊』ともなり、選んだ言葉によっては相手を簡単に手名付けることができるマジックワードともなります。

そんな、目標とする欲しい言葉はありませんか?
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2006年09月30日

うさぎの墓参り

お彼岸にうさぎの墓参りに行ってきました。

真っ白で赤い目をしたミニうさぎで、いつも通っている美容院のお姉さんからもらい受けたものです。

中学生の頃に飼っていたのですが、マニュアル通りの世話をしすぎたためか、すぐに死んでしまいました。

正確には餓死に近かったと思います。だから、私が殺したわけです。
その罪の意識が未だに消えず、あれから動物を飼う気になりません。

それから10年以上経ってから、急に思い立って墓参りに行きました。

あの頃は何も考えず、保健所の紹介する共同墓地に入れてしまいましたが、ペット霊園に行って愕然!!
セキセイインコの墓石や、カメの卒塔婆までありました。

昔何かの本で読んだのですが、ペットを溺愛したり大事する人というのは、自分は動物にさえ愛情を注げる優しい人間だということを、アピールしたい気持ちが強い人だとか。

ペットが死んで泣くのは『そのコが死んだことが悲しいのではなく、悲しんであげている自分を溺愛している』感覚が強いそうです。

確かに、寂しくなったという言い訳のモトに、すぐ次のペットを飼う人は多いです。
本当に家族の一員として飼っていたなら、代理なんてきくはずありません。
それに、死んだペットを共同墓地に埋葬したら、ペット霊園にすらお参りに行かない人も多いようです。
墓石や卒塔婆をたてる規模の人は行くかも知れませんが。


私の飼っていたうさぎの魂はもうすでに成仏しているらしく、家にも共同墓地にもいません。

しかし、墓地にはまだ成仏していない、飼い主を待っているペット達がたくさんいます。
動物霊はなんだかおどろおどろしいので、本当は苦手なのですが、やはり罪の意識が消えないので、毎年霊園に足を運びます。

なぜか共同墓地につくと、涙が止まりません。

うさぎにわびることはできませんが、他の不成仏動物霊の冥福を祈ります。


ペットは飼い主を選ぶことはできません。
また、ペットには自由はありません。
人間は自由に外出して友達に会えても、ペットの友達は飼い主だけです。

ペットを飼っている人は、それをふまえて彼等を大事にしてあげて下さい。

なんか、変な話になってごめんなさい。
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2006年09月25日

地鎮

ここ数日、異常なほど神社が静かです。

つい最近まで、この神社は秋祭りで賑わっていました。
参拝するのが目立ちすぎて恥ずかしいほど。

これだけ賑わっていると、異形の者達も一緒に浮かれているので、少し見物していました。
この日ばかりは、祭のついでに参拝する人も多かったです。

きっと神社の神様もお喜びでしょう。

というのも、この神社はそれほど小さいわけでもないのに、近所からはあまり人気がないようです。

新年初詣の時期にも閑古鳥が鳴いています。

奉納された絵馬は去年は10枚。今年は2枚。
本当なら年末のお炊き上げで燃やされるところを、奉納絵馬が少なすぎるのはヤバイと考えた神主さんが気をきかせた?らしく、去年と今年の計12枚の絵馬が奉納されています。

そんなわけで神社の神様としては、初詣の時よりも満足したらしく、驚くほどの静けさを保っています。

生まれて初めて『地鎮』という感覚を知りました。

不思議なインスピレーションにふれた感じです。

明日はここで瞑想でもしてみようかと思います。
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2006年09月17日

画期的かつ個人的な悩み解決法!!

私は、滅多に悩みません。
人間的な悩みならば、ほとんどのことは行動すれば解決します。

最近、異常な方法で悩みを解決することができました。
と言っても、たぶん私しかできない方法かも知れませんが。

参考までに。


最近目覚ましくなった透視により、解決不能な悲しい事柄ばかりを視てしまいました。
どうにもならない暗い話ばかりを連続で視てしまうと、さすがに気分が滅入ります。
ゲームをしながらよく泣いていました。
それからさらに、情緒不安定が悪化。
涙をためながら散歩することもありました。

そこで、気分転換をはかるために、情緒不安定の原因をひたすら考えました。
感情を抑えるには頭脳(知性)の働きを活発にすればいいわけです。

これは誰にでも言えることですが、情緒不安定の原因は『体調不良』によることが大半です。

次に、体調不良の原因を考えてみました。

私の場合なら・・・
1、生理前(かならずイライラと不眠、情緒不安定によるマイナス思考におそわれる)。
2、病気(たいていは風邪。)。
3、秋の気(春の気もあります。センチメンタルな気分から過去の反省が増える時期)。

この三つを消去法で考えてみます。
時期から考えても、1は違うようです。
体調は・・・何だか熱っぽい。ダルい。ちょっとノドがいがらっぽい!というわけで、3(秋の気に中ったこと)による2(風邪)に決定です。

これで情緒不安定の原因が究明できました。

ここまで考えられれば、完治は確実です。
とりあえず、風邪を治せばいいのです。

まずは、症状に合った風邪薬を処方。アクエリアスをたくさん飲んで、おいしいものをたくさん食べて、よく寝ること。

その間も情緒不安定は続いておりましたが、それも『風邪』が原因。
原因がわかった以上、ほとんど気にはなりません。

ヒマさえあれば、食べて飲んで寝ていました。

その数日後、体調不良の完治と同時に情緒不安定も完治。
それから透視による悲しみも、散歩中に泣くこともなくなりました。


体調不良からくる悪循環が『悩み』を呼ぶことはよくあります。

身体が悪いと、つまらないことで悩んだり、マイナス思考になりやすいものです。

悩んだ時は、まず健全な肉体を造る努力をしてみて下さい。
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2006年07月01日

創られた記憶

私には、本当はなかった経験があります。
本人はリアルに経験したと思い込んでいますが、具体的な時期や状況証拠が一切見当たらないのです。

・・・というわけで、今回は『本当はなかった奇怪な経験』と、その記憶が創られた過程を考察してみました。


なかった記憶その1
ホテルスイートで中年男性と密会した〜
『久しぶりに近くに来たから会わない?』という電話を受けた私は、シティホテルの最上階の部屋に向かう。
部屋にはルームサービスのディナーが準備されており、素敵な中年男性と会食をする。
夜景がとてもきれいだったので、泊っていくことに。
3部屋続きのスイートの個室を与えられ、夜景を見ながら床についた。

〜状況〜
夕食のメニュー(フレンチ)も、味も、景色も部屋の壁紙の模様も、かなり生々しく憶えています。
部屋に向かうまでの道のりを考えると、I駅近郊にあるホテルMだと思われるのですが、そこに3部屋続きのスイートはありません。しかも、夜景はN市のものでした。

〜考察〜3本の事実がミックスされて出来た?
@小学生の頃、毎年夏休みにはシティホテルのスイートに1週間ほど滞在する友達が
 いました。その部屋に遊びに行った際、ルームサービスのディナー(フレンチ)をご馳走
 になりました。
A10年くらい前、ある作曲家から電話がありました。『締め切りが近くて缶詰にされている
 が、煮詰まってきて曲ができないから来ない?』と、夜景がきれいで有名なホテルに呼
 ばれました。
B仕事の都合で国内を転々としている、素敵な中年男性の知人がいます。彼は近くに来
 る際には必ず、夜景の素敵なお店を予約して、ディナーに招待してくれるのです。


なかった記憶その2
〜カラオケ付きのラブホテルで独りで熱唱〜
無性に歌いたかったが、疲れていたのでカラオケ付きのラブホテルに独りで入室。受付で『独りなんですけど。オッケーですか?』と聞いて、一番狭い部屋にしてもらった。適当に歌っていたが、疲れたらベッドに横になれるのでとても気分が良かった。

〜状況〜
近所の『2階に受付がある小さなラブホテル』という記憶だが、実際その場所は写真店で、2階は美容院。近所にそんなホテルは存在していない。

〜考察〜3本の事実がミックスされて出来た?
@一時期カラオケにハマッて、独りでカラオケボックスに出入りしていた。
Aラブホテル好きな私は、S駅近郊のラブホテルはほとんど知り尽くしている。広い部屋
 から狭い部屋まで、構造には比較的詳しい方だ。
B知恵遅れの娘の親から相談を受けた。その娘の趣味はカラオケで、よく近所のカラオ
 ケボックスに独りで歌いにいくらしい。全室カラオケ完備がウリになっているラブホテル
 に、間違えて入ってしまったこともあるそうだ。


このように生々しく記憶していても、本当はなかったヴァーチャルな体験が、私にはたくさんあります。

以前、記憶のメカニズムの本で、いくつかの似たような事実が混ざったり、他人からすり込まれることによって、記憶(経験)が創られることは珍しくないことを知りました。

話は変わりますが、ライター適性で『他人の話は、誰がいつどのタイミングで話したかを完璧に憶えている』というのと『アルバムで自分が写っている写真を見れば、その時にあった出来事、その時の話題、写真に写っていない景色を思い出すことができる』というのがありますが、私の記憶力はモロにそれです。

日常のちょっとしたことを完璧に憶えているというのは、生々しい記憶が創られやすくなる弊害があるのかも知れません。

逆に、具体的に深くイメージして想像すれば、それを経験した事実として記憶することもできるわけです。
この体質は、これから大きなことを実行したい時に役立ちます。
初めての体験でも、記憶の中でシュミレーションが完璧になっているため、緊張が少なくすむのです。新鮮味はありませんが。

たまに、タレントの熱烈すぎるファンに『○○くんが昨夜、私の家に電話してきて・・・』なんて妄想を抱く方がいるようですが、これも思い込みによる創られた記憶かも知れません。

そう思うと、あまりバカにもできないですね。
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2006年06月22日

衝動買い

自宅の近所に、店主が趣味でやっているようなリサイクルショップがあります。

西日の当たるショーウインドーには、服や靴やかばんがごちゃごちゃに並べられています。

その中に、気になるモノを見つけました。

牛の顔を模ったローファーなのですが、どうもその靴が呼んでいるのです。

今年はじめから見かけるようになったその靴は、私が通る度に「買って。」と声を掛けます。
それなのに、どうやら私には履いて欲しそうではないのです。

ウインドー越しに見るところ、サイズの記入はありません。中古にしては高すぎる値段に、どうしても買う気になりませんでした。

しかし今日、ついに耐えられなくなってその靴を買いました。


突然ですが、私はリサイクルショップや骨董店は苦手です。

中古の物には前の持ち主の残留思念や、器物霊がついているものがほとんど。見ていて気分が悪くなるものも多いです。

本当は店に入るのも嫌だったのですが、今回は仕方なく。

思ったとおり、店内には様々な念が渦巻いていました。

気付いた範囲だけでも、事故で死んだ娘のワンピース。たくさんのブランドバッグはほとんどが同一人物の私物。借金返済に困った女性が、泣く泣く手放したもののようでした。

私を呼んだ靴には、作った職人さんの思念とそのペットの霊がついていました。ちなみにこの靴はイタリア製ですが、現地で購入されたものだったようです。手に取った瞬間に視えたのは、海外の裏町で作業する職人さんでした。

この靴が私に履かれたがらないのは、私が靴を雑に扱うせいだったようです。ほとんどの靴はワンシーズンで壊してしまうし。

今回は、職人さんとペットの暖か味を感じたので、母にプレゼントしました。私と正反対の性格をしている母は、靴をとても大事に扱います。
この靴を母に預けたところ、家に来た時はほこりをかぶって中古に見えた靴も、磨き上げたらほぼ新品に変身!きっと本人も喜んでいるでしょう。


普段から器物霊はよく見かけますが、靴に篭っていたものを視たのは初めてでした。
何かの顔を模った物には、魂がこもりやすいということでしょうか。
今回の靴は、牛革に牛の顔。金の金具で作られた鼻輪もついており、模様も尻尾もあるのです。
職人さんのこだわりと、職人さんが作る姿を見ていたペットの暖かい心が、この牛の顔にこもっていました。

リサイクル品には良いものも悪いものもありますので、購入の際はご注意下さい。
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2006年05月26日

占い師は反省する。

先日、山手線沿線内回りを徒歩で一周してきました。
10時間かかりました。

山手線半周なら度々やっているので、それほどきつくはありませんが、一周はマジできつかったです。

しかも、その日は夕方から嵐。半周を超えたところで局地的な豪雨に追いつかれました。それでも諦めて止める気にはならなかったので、傘をさしながら歩き続けました。

今回の企画は、小型のリュックサックに水を入れた大型のペットボトル、財布、折りたたみ傘だけを持って出発。
一駅着くごとに給水するという、徒歩マラソンでした。

途中、あまりのきつさに何度もくじけそうになりました。
その度に、過去の反省…まるで修験者みたいでした。

『何のためにこんなことやらなきゃいけないんだ!』と、なぜか自分に向かってキレたりしました。
その度に、現実的に苦労している相談者を思い出しました。

私は苦労や困難をあまり辛いと認識しません。どんな状況も楽しんでしまう楽観性があるからです。そんな私には肉体的な辛さしか、認識できません。
『たまには辛さを味わうべきだ!』と、自分に言い聞かせてとにかく歩を前へ進めました。

途中、足が痺れて一歩進むごとに激痛が走りました。
しかし、運よく降り出した雨で、足が完全に麻痺。スニーカーに水が入り、足が冷えたせいでした。
おかげで痛みが取れて足は楽になりましたが、身体が重く感じてペースダウン。

結局、10時間かかって帰途につきました。

身体が完全に冷え切っていたので、その日の風呂は温泉並みに心地よかったです。

一息ついたのもつかの間、その後、完全に歩けなくなりました。
気付いたら、足はマメとあざと擦り傷だらけ。翌日は下半身全体の筋肉痛で、起き上がることもままならない状態です。

原因が『筋肉痛』とわかっているので、なるべく普通に行動しようとしました。それにしても、何をするにもいちいち激痛を感じます。

こんな時、占い師はさらに反省します。


これからこの身体に鞭打って、キックボクシングのトレーニングに行きます。
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2006年05月23日

たまには固定観念を捨ててみよう♪

ここだけの話。

国内の某市のマンションには、小学5年生の女子児童と新婚生活を送っている30代サラリーマンがいる。
13歳以下の未成年と性的交渉をした場合、親や本人の承諾があったとしても、刑法で罰せられるため、事実が発覚すれば即逮捕される。

このサラリーマンは彼女(小学生)の母の学生時代からの大親友。
彼女の母は、男勝りでとても明るいシングルマザー。マンションの住人からは、大変人気がある女性だそうだ。
娘(小学生)は、一見高校生くらいに見える大人びた美少女。毎日遅刻もせず学校に行き、成績もよい優等生。仕事で帰りが遅くなる母のために毎日夕食を作っているという。

ある日、母子の隣室が空いた。
母はかねてから大親友だった彼(30代サラリーマン)が部屋を探していることを思い出し「隣に引っ越してきちゃいなよ。」と言ったという。
その後、夕食を共にするようになり、休日に3人で外出する姿は、まるで家族のようだったという。

それからほどなくして、30代にしては若作りでお兄さん的な存在の彼に、娘は恋をした。逆に、小学生にしては大人びた雰囲気の娘を彼も好きになったが、まじめな彼はそれを口にすることはなかった。
ある日、娘は母にそのことを話した。以前から二人の想いに気付いていた母は、彼になら娘を預けても大丈夫と考え二人の交際を認めたという。
最初のうちは、両家を行き来するだけの付き合いだったが、母のすすめにより、娘は彼の家に住み込むようになった。
現在は、自宅の隣室(サラリーマンの部屋)から学校へ通っているという。

マンションの住人たちが、それに気付かないはずはない。
代表者が母に確認したことから、以上のことが発覚したらしい。
娘が16歳になったら入籍させる予定だと母は笑顔で語っていたそうだ。
それを知った住人は、この3人を黙認すると同時に、娘が16になる日を待ち望んでいるという。

私にこの話を聞かせてくれた人は『この件で、誰も3人を咎めないのは、本人たちの日頃の生真面目さからきていると思う。』とも語っていました。
『自分は完璧だと自信を持って言い切れない人間が、他人を咎めることはできない』そうです。
たとえ法律が咎めたとしても・・・?


片や、複数の女性と結婚離婚をくり返し、集団生活を続けている男がいた。こちらは共同生活をしている女性に未成年がいないこと、また女性本人の意思により続けているということから、この行為自体が法にふれることはない。

しかし、常識的に考えれば、誰が見ても異常事態には違いない。


この2件の事情からわかるように、以前は一般常識の上に成り立っていた固定観念は、曖昧なものになってきました。

だから、たまには固定観念を捨てて、自分の意志を最優先してもいいのではないでしょうか。

『好きなものは好き』『嫌いなものは嫌い』なんて単純なものから、『株で損をしたのは欲張りだから。』『悩みがつきないのはわがままだから。』『彼氏と結婚する気がないのは、結婚するために付き合っていたわけじゃないから。』なんてものまで。

物事の原因や理由は、意外と単純な意識が元になっているのだと思いました。


それでも重要なのは『他人に迷惑をかけないこと』と『しっかりスジを通すこと』です。
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2006年04月07日

自己嫌悪の伝染

知人に電話をかけました。

知人はいなかったので、ご家族が電話に出たのですが、電話口の相手が自己嫌悪に陥っていたようです。
通信回線を通してやってきた毒電波(自己嫌悪の気)のおかげで、本日私が自己嫌悪に陥っています。

私は自己嫌悪に陥ると、過去の悪行を反省します。

〜霊感占い師の反省〜

一、とある会社を潰してしまったこと(潰れかけているところとどめをさしたら、破産してし
  まった)

一、片想いから世話をして結婚した娘が、現時点であまり幸せではないこと(関わらなけ
  れば良かった)

一、仲間内で村八分にした仲間Aと、一緒にそいつを仲間はずれにした仲間Bが、最近つ
  るんでいるらしいこと。(裏切られたような複雑な感覚があります)

一、私が誘って入社した仲間が、会社を辞めて路頭に迷っていること(今さら辞めるくらい
  なら、最後まで世話してやればよかった)


お分かりの通り、本当はどれも私の責任ではありません。
しかし、自己嫌悪に陥る時って、何もかも自分の責任な気がしてきて落ち込みます。

よく考えてみれば、関わらなければよかった話ばかりでした。
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2006年03月31日

ゲーム脳

最近よく『ゲーム脳』という言葉を見かけますが、私にとってのゲーム脳は一般的なものとは違います。

昨年後半から引きこもりに入った私は、仕事がない時は無料でできるパズルゲームにハマっています。

テトリス、コラムス、ぷよぷよ、ビージュエル、チュズル、ズーキーパーなどの落ちモノ系は、テレビを見ながらでも片手でできるので、手持ち無沙汰の時にいいです。

基本的には対戦しないので、自滅するまで続けるのですが、一戦で1時間近くなる時もあります。
これだけ馴れてくると、頭を使うというよりも反射神経が働いている感じもします。

問題は、ゲーム中に兆しがよく視えるようになったということです。

以前は仕事中の一瞬の間に視えることが多かったのですが、それほど頻度は高くもなく、週に1回視ればいいところでした。

ゲームを一日平均2時間くらいしている今は、ゲーム中に3回は何かしらの兆しを視ています。

これも一種のゲーム脳でしょうか?

これに気付いてから、前にも増してゲーム時間を増やすようにしました。

以前は、与えられるものしか視ることができなかった兆しが、多少はコントロール可能になってきたのです。

ゲーム脳によって、感覚が研ぎ澄まされているのでしょうか?

この調子で、ゲーム中の霊視が有効なら、今後の鑑定に役立つツールにできるかも知れません。

現在も、ゲームを続けながら実験しています。
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2006年03月20日

プロポーズの兆し的中!

突然ですが、プロポーズされました!

しかも相手は意外な人物。無関係でもありませんが、現恋人ではありません。
かなり久しぶりに会ってそれなので、想定外の展開にびっくりしました。

実は、年はじめから『近いうち誰かにプロポーズされる』という兆しを感じていて、それが的中した!という話です。

今まで気付いてしまった兆しの適中率は100%なので『この人からだったとは』と、意外に思いつつ感心しました。


・・・と、言うわけで、私の結婚観を語ってみましょう。
(ここから先は読まなくても結構です・笑)

一般的に考えられている『結婚=入籍』がよくわかりません。
一般的には『事実婚=同棲=内縁』という考え方があります。この場合、長く同棲している人たちは、事実婚状態になっているのではないでしょうか?

事実婚を貫いている人たちの意見は、だいたい以下の二通り

1つ目・・・恋人関係を貫くため
2つ目・・・『入籍=どちらかの籍を選ぶ』ことに、どちらかが上に立つという力関係がある
      気がする。という頑とした反骨精神を貫きたい女性に多いパターン。

1つ目は恋愛と結婚は別という考え方から、ただ同棲している人たちとさして変わりないと思います。

2つ目は、キツくて可愛気のない女性に多い意見です。私はそんな女性が大嫌いなので、あまりいただけません。

私は、このどちらにも当てはまりませんが、入籍したい理由もしなくない理由もありません。
世間の常識や国の制度に逆らおうという気もありません。
ただ、違和感を感じるのです。

もしかしたらリスクがあるかも知れない納得できない行為を、わざわざしたいとは思いません。
結論として『納得できるまで事実婚を通す』というオチになると思われます。
・・・たぶん、今のところは?

こんな話をすると、ほとんど説得力のない説教をされることがあります。

入籍する理由・例
『安心(安定)できるから』・・・それは本人の思い込みにすぎません。
『落ち着きが保てる』・・・結婚したら落ち着くなんて考えは古すぎます。それ自体入籍とは
               直接関係ありませんし。
『年老いた時寂しいから』・・・それは本人の問題です。他人と一緒にいても寂しい時は寂
                 しいです。
『家族の結束のため』・・・入籍しないと結束が保てないなら、その愛情は偽者です。
子供のため』・・・間違いではありませんが『○○のため』という考え方は自分本意です。
           子供がいない(産む予定がない)場合は適用できません。
『束縛の一種』・・・正直な意見だと思います。なかなか説得力があります。
『政治的もくろみ』・・・事情によってはあり得ます。これは説得力あります。


どなたか、一般論や主観の域を超えた理由を思いついたら、教えて下さい。
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2006年03月10日

かおきずだらけ

あまり会っていない友人から手紙が届きました。

手紙を開けてみたら、冒頭にいきなり書いてあったのが『かおきずだらけ』でした。

元から字は下手くそだった彼女ですが『かおきずだらけなの。治らないの。最近、顔きずだらけなの。』と書きなぐられており、彼女の叫びを感じました。

これだけなら、事故にでも遭って大怪我したともとれますが、あまりに奇妙だったので電話してみました。
しかし、いつかけても家族には仕事で外出中と言われ、携帯もつながらない状態。

ついに心配になった私は、今でも彼女と仲の良い知人に様子を尋ねました。

・・・すると「…いや、あのコは顔に怪我なんてしてないよ。たまにわけわかんないこと言うし、精神的に不安定なとこあるからねぇ。何かの喩えじゃない?」ということでした。


『顔傷だらけ』というのは少し激しすぎますが、身体に関する喩えはよくあります。

突然ですが、私はよく言われる『心臓に毛が生えている』という喩えがぴったりな人種です。それでも何かが心に触れると、どの場所に何が触れたのかを具体的に体感します。

これは感情の起伏を、文章にすばやく置き換える習慣があるせいかも知れません。

最近、私が体感しているのは『心臓と胃の中間に、一辺約3pの6本の棒で作ったピラミッド型の立体』が、私にたぶん存在していることです。
この立体は、私の感情に合わせて回転していますが、その度にくるくる回りながら、心臓や胃をちくちくと刺激します。
その回転があまりに速い時は、そこから衝撃波を繰り出して他人をも傷つけます。

これが、私が『ニコニコしながらキツイことを言う』と言われる所以です。
文章なら、まだ落ち着いていられるのですが、他人と同じ言葉を口にしても、私の言葉はさらにキツく感じるそうです。

立体の回転が速い時は、理路整然とした口調で、強く淡々と口撃していくので、キツさを倍増させることは確実です。
感情を極力抑えるには、知力を大幅に働かせるのが一番ですから。

仲間に言わせると、これが私のイいところでもあるそうです。

※上記の『イいところ』には『良い』『好い』『善い』の3つの漢字を当てはめます。
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